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zoom RSS 戦場のメロディ♪ああモンテンルパの夜は更けて・・・

<<   作成日時 : 2009/09/14 07:54   >>

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薬師丸ひろ子さん主演の
スペシャルドラマ
戦場のメロディ
〜108人の日本人兵士の命を救った奇跡の歌〜 -
フジテレビ(9月12日)
ああモンテンルパの夜は更けて

フィリッピンの「モンテンルパの刑務所」で
戦犯として収容され
処刑の恐怖に怯える受刑者
心配をする家族
その受刑者を苦難を乗り越えて慰問に訪れ
108名の命を救った渡辺はま子さんの物語でした
実話を写真や手紙
生存者と処刑された遺族の画像を交えながらの放送でした

私はテレビの前で涙が止まりませんでした



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渡辺はま子さんといえば
「支那の夜」「蘇州夜曲」などのヒット曲がありました
「ああモンテンルパの夜は更けて」の歌も知っていました
でも知らなかったのは
この歌の作詞・作曲が戦犯として処刑されるはずだった受刑者のもので
曲の陰には辛く悲しい思いが込められていたことを
初めて知りました

戦争が終わって日本に帰れると思ったのも束の間
戦犯として処刑される人々を救援するために
全力を投じた渡辺はま子さん

演じた薬師丸さんの熱演も素晴らしく
口パクかなと思ったら自身が歌っていました
渡辺はま子さんとは声質が違ってはいたものの
素晴らしい歌声でした



画像画像



渡辺はま子さんは 
1999年(H11年)12月31日
89歳でその生涯を終えました
その波乱に富んだ人生を書かれた
元NHKのプロデューサー中田整一さんの著書
「モンテンルパの夜は更けて」読んでいます



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モンテンルパの 夜は更けて
つのる思いに やるせない
遠い故郷を しのびつつ
涙に曇る 月影に
優しい母の 夢を見る

燕はまたも 来たけれど
恋し吾が子は いつ帰る
母の心は ひとすじに
南の空へ 跳んでいく
さだめは悲し 呼子鳥

モンテンルパに 朝が来りや
登る心の 太陽を 
胸に抱いて 今日もまた
強く生きよう 倒れまい
日本の土を 踏むまでは


当時 ラジオでよく聞いたものです
今は亡き母が大好きでよく歌っていました
その姿が重なってなおのこと涙が・・・・・
「異国の丘」とともに忘れる事のできない戦後の歌ですね


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以下は
「こちらフジテレビ」よりお借りしたものを
抜粋しながら書かせていただきました



戦前・戦中と数々のヒット曲を放ち
第一回紅白歌合戦のトリをつとめた歌手・渡辺はま子
国民的人気者だったはま子の歌が
敗戦から7年経ち急速に戦後復興が進むなか
戦争犯罪人として死刑判決を受け
フィリピンの刑務所に囚われていた108人の元日本兵の命を救ったという
奇跡の実話に基づいたドキュメント・ドラマでした

終戦後 戦勝国によって
捕虜や一般市民に対する殺害
虐待行為を問われた戦犯裁判が国内外で実施され
その中で最も過酷だったのがフィリピンだったのです
容疑をかけられた日本人兵士たちは
証人として出廷したフィリピン人による「こいつが犯人だ」という指さし一つで 
証言の信憑性を問われることなく次々に死刑の判決を下され
モンテンルパ刑務所に収監されてしまうのです
その中には明らかな冤罪も多かったといいます


終戦から6年後の昭和26年
極秘裏に14名の日本人の一斉処刑が行われました
しかし 復興に沸く日本ではその事実に目を向けるものはいませんでした
迫り来る死への恐怖…そんな彼らの命を救いだす原動力となったのは
政治家でも 外交官でもない 一人の歌手・渡辺はま子だったのです


モンテンルパの日本人戦犯が作詞・作曲した「あゝモンテンルパの夜は更けて」は
はま子の歌声を通して大ヒットを記録
この歌を携え はま子は当時国交のなかったフィリピンに単身乗り込み
日本人歌手として初めてモンテンルパ刑務所を訪問しました
帰国後も釈放を訴え続けたのです
はま子が長年にわたり記録していた「従軍日記」や
関係者の証言を基にドラマ化されていました



画像




主演・渡辺はま子役には薬師丸ひろ子
テレビドラマで歌手の役を演じ
劇中で歌うのは初めてとのことで
はま子の歌を歌うにあたり 1ヶ月に及ぶレッスンを重ねたといいます
ドキュメント部分では
当時 モンテンルパ刑務所で収録されたはま子の肉声テープ
現在のモンテンルパ刑務所内部の映像
フィリピンで行われた「指さし裁判」の裁判記録や映像も公開されました

108人の日本人戦犯を解放する決断を下したキリノ大統領の孫が
日本のメディアのインタビューに初めて応じ決断の真相を明かしました
当時は国交もなく反日感情の強かったフィリピンに
命を懸けて海を渡った歌姫・渡辺はま子が挑んだ
誰も知らなかった奇跡の救出劇でした



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戦争が終わってもフィリピン・マニラのモンテンルパの刑務所には
110数人の日本人が
死刑囚 無期刑囚 として収容されていたというのですから驚きました
対日感情は最悪だったようです
そんな中突然に14人の死刑が執行されたんですね
その多くが冤罪であり
日本軍の犯した残酷な行為に対するお返しだったのだろうと思います

教誨師加賀尾僧正は
「ここにはまだ戦争を終えていない人達がいる
何とかしなくては」そんな思いから
代田銀太郎に歌を作るよう命じたといいます
日本が独立した記念すべき日に曲が出来
内地に送られレコード化されました

渡辺はま子さんは「モンテンルパの 夜は更けて」の
曲の入ったアルバム型オルゴールを
モンテンルパの加賀尾僧正に送ったんです
そのオルゴールは加賀尾僧正の手で
キリノ大統領にプレゼントされたのです

この曲を聞きながらキリノ大統領は
「私はこの戦争で、妻と娘を殺された
日本軍を憎まないわけにはいかない
しかし許すことにしましょう」と・・・・・

日本からは500万人もの署名が届き釈放が決まりました

収容所の人達は昭和28年7月横浜港に帰って来ました
28000人が出迎えたそうです

渡辺はま子さんは帰って来た戦犯達の前で歌うんですね
半年前にモンテンルパで歌ったことを思い出しながら・・・・・・

♪強く生きよう 倒れまい日本の土を踏むまでは♪(三番)


渡辺はま子さんは横浜生まれ
横浜育ちの
「ハマっ子」なんですよ

お花と夕景は私の思い出の中にあるフィリピンです



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懐かしの歌声 「ああモンテンルパの夜は更けて」  
祖国の土を踏むことができなかった幾多の出征兵士の霊に合掌 ? 渡辺はま子 あゝモンテンルパの夜は更けて 1976 http://www.youtube.com/watch?v=YpWEtSjB2qo ? 公開日: 2012/02/25 再生回数 90,847回 (2013.8.29 14:20 現在) ? ?????? ? ? 戦場のメロディ♪ああモンテンルパの夜は更けて・・・  ← コメント40件 (!!) http://roko-sasaga1417.at.w... ...続きを見る
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コメント(40件)

内 容 ニックネーム/日時
読んで行くうちに、涙が止まらなくなりました。
渡辺はま子にそんな逸話があったんですね。
戦争は、いやですね。
もうあのようなことのない日本でいてほしいです。
ビロードのような渡辺はま子の歌声思い出しました。
あっこ
2009/09/14 08:45
先日行ったグアムやサイパンは、兵士だけでなく、民間人も巻き込まれた悲惨な戦場でした。
いつまでも拘るのもなんですが、二度と繰り返さないために忘れてはいけない事なんですよね。
Pochi
2009/09/14 09:58
戦争は多くの人のいろいろな人生を、まさに翻弄しますね。
悲しいことは続かないようにしないといけませんが、世界では未だあちこちで起こっていますね。
イッシー
2009/09/14 12:31
テレビドラマは見逃したんですが、DVDを借りて「私は貝になりたい」を見ています。(まだ見終わっていません。やはり展開が重いので・・・・)
戦犯の失意は大きかったでしょうね。命令されただけで罪の意識がない人も多いんですよね。
ああじゃん
2009/09/14 18:28
 ドラマは見ていませんがフイリピンでの戦犯裁判やモンテンルパ収容所のことは覚えています。敗戦後のフイリピンの対日感情は悪かったので冤罪も多数あったかも…渡辺さんも我が青春期の現役歌手でしたからラジオでよく聴きました。
 薬師丸さんの主演でドラマ化されていたのですね。見れずに残念でした。
たそがれ
2009/09/15 05:56
以前、劇団四季の『異国の丘』を札幌で観ました。そのときも戦争のむごさを知りましたが、『モンテンルパの夜は更けて』という曲も、同じような経緯でできたのですね。ドラマは見ていませんが、人間性を奪わなければ戦えない戦争の悲惨さを忘れてはいけないと思いました。
湖のほとりから・・・
2009/09/15 11:28
この歌はよく知っています。その謂われもうっすらと記憶にあります。
戦争に負けるということが、どんなにむごい結果をもたらすか、恐ろしいことです。旧ソ連にも何十万人もの人が抑留され、多くの人が死亡しました。
今も国連憲章の中にそれは残っています。敗戦国は何も主張する権利はないと。だからこそ戦争は起こしてはいけないのです。
戦争が終わった後も何年も続く悲しい事実。よくドラマ化してくれました。
ヒゲおやじ
2009/09/15 13:44
はじめて知りました。ほんと渡辺はま子さんは偉大な人ですね。
「モンテンルパの 夜は更けて」は知っていてもこんな事実が...とにかくTVを見逃したことは痛いですね。再放送とかないのかしら。ぜひみたいな〜
そうそう、長い間ウイルスのせい?うまくつながらなくて...設定を変えたら今日からさくっとつながった。ご無沙汰しました。最初に言わなきゃね。泣けてきますね。
ののはな
2009/09/15 21:38
見逃してしまったドラマに悔いがのこります
ありがとうろこさん
概要もよく解りました
偉大な事をしているのに爽やか。。素適な女性にまた出会えました。。
また再放送があるとうれしいのですが。。本を読んで見ようと思います
コケ魔女
2009/09/15 22:38
こんばんは。
「モンテンルパの 夜は更けて」の歌は何歳ごろ初めて聴いたかは憶えていませんが知っていますよ、、でも、戦犯としての死刑執行の詳細や渡辺はま子の救出劇はほとんど知りませんでした。(ーー;)
戦後の昭和史として語られる戦犯としての報復裁判は東京裁判であり、敗戦による惨劇としてはシベリヤ抑留などですので、ロボットはこのようなモンテンルパ刑務所の出来事を顧みなくなっています。
敗戦による悲劇は幾つもありますね。
ドラマも見逃してしまいましたので、これを機会に勉強します。(ーー;)
写真はフィリピンですか!、、綺麗に撮れていますね!(^^♪
ロボット
2009/09/15 23:21
先月だったか題名は定かでは有りませんが、やはりNHKでしたが、ドキュメンタリー番組で「最後の戦犯人」だったかしら?
上官の命令で敵国の捕虜を撃ち殺し、従がわなければ自分が撃たれる状況下で
気が狂うばかりに捕虜を撃った兵隊さんの身を隠し必死に生きるドラマでした。
終戦を向かえ、その家族も犯罪者扱いされ必死で戦犯になった我が子を守る姿。
軍から酷い仕打ちの連続の壮絶なドラマでしたね
見てるこちらもとても哀しくも矛盾を感じましたね
戦争が犯罪者を造った、嫌が追うでも犯罪者にされた、戦争ほど醜いものは有りませんね 戦争で平和は生まれませんよね。
渡辺はま子さんの勇気ある闘争 素晴らしいですね
政治家でもない外交官でもない、一人の民衆の正しき行動の力の勝利ですね。

笑顔
2009/09/16 00:04
あっこさん
ありがとうございます。
読んで下さっただけで涙が止まらないなんて嬉しい限りです。
渡辺はま子さんのお話はおどきました。
単に流行歌でしかなかった記憶の中の歌でしたから。
戦争は、本当に嫌ですね。
2度と起こさないように。
ろこ
2009/09/16 07:09
Pochiさん
グアムやサイパンならずとも中国でも民間人を巻き込んだ悲惨な戦場だったんですよね。
本当に二度と繰り返してはならない、悲惨さを語り継がなければならない戦争ですね。
ろこ
2009/09/16 07:10
イッシーさん
戦争は多くの人々の人生を、翻弄してしまうものですね。
その悲惨さは経験した人でなければ分からないですね。
世界のあちこちで起こっていまし、日本の戦後はまだまだあちこちで残っているんですよね。
ろこ
2009/09/16 07:11
ああじゃんさん
「私は貝になりたい」を見ているんですか?
あの主人公もまた戦争で深い痛手を背負っているんですよね。戦争のお話はどれも重いから・・・・
この収容所では渡辺はまこさん他の身を呈しての努力があったから今があるんですね。
ろこ
2009/09/16 07:11
たそがれさん
フイリピンでの戦犯裁判やモンテンルパ収容所のことを覚えていらっしゃるんですね。
敗戦後のフイリピンの対日感情は想像を絶するようです。
キリの大統領のご家族が日本兵に殺されたいきさつからも恨みの冤罪が多数あったといいます。
渡辺さんが兵士の慰問団に加わっていたことから、戦犯とされる方々への責任感から行動したようですが、頭が下がります。

薬師丸さんの主演でドラマ化されていたのですが見事な演技と歌でした。
ろこ
2009/09/16 07:12
湖のほとりからさん
劇団四季の『異国の丘』をご覧になったんですね。
これは抑留からの帰還者によって日本にもたらされたものでしたね。
『モンテンルパの夜は更けて』は抑留中の兵士がその抑留中に曲になりそれがきっかけで大きな反響を生んだというのも珍しいことでしょうね。
>人間性を奪わなければ戦えない戦争の悲惨さを忘れてはいけないと思いました。<
声を大にしたいですね。
ろこ
2009/09/16 07:13
ヒゲおやじさん
この歌もその謂われも記憶にあるんですね。さすがです。
私は何も知りませんでした。。
>戦争に負けるということが、どんなにむごい結果をもたらすか、恐ろしいことです。<
が・・・今の時代にそれを伝えることは難しいですね。
そんなことからもドラマとしてTV放映されることは大歓迎ですね。
旧ソ連では抑留者が何十万人、いえ百何万ともいいますね。
本当に悲惨なことでした。
ろこ
2009/09/16 07:13
ののはなさん
渡辺はま子さんは歌手としてだけではなく人としても偉大な人ですね。
「モンテンルパの 夜は更けて」は知っていてもこのような事実があったことは知らない人のほうが多いですよ。...TVでの再放送は聞いていません。NHKではよくあるんですが・・・

よかったですね。
PCは色々な事がありますからね。
ろこ
2009/09/16 07:14
おはようさん!
渡辺はま子さん 若いはま子さんを拝見よく探されましたわね。あの方は本当に美しいこえで、耳に残ってます。ろこさんさんのお身体でなく、ニックネームのことです しじみの前は ころコロ の名前でした。自分の体形にぴったり でした。このネームのころとても嫌な思いをして 暫くブログを閉じていましたが
いまの しじみで再UP そのとき頭にヒラメイたのが しじみ 別に意味なしです。家族にも聞かれましたが、ひらめいた より うかんだのですよね。

モンテンルパ うん〜〜〜 戦争体験者にとって あまり見たくない。胸ふさがり、泣いてしまう。
しじみ
2009/09/16 10:53
戦争の事は知らない世代です。先日、サイパンに戦争に行かれた方の話をテレビで放送していました。
悲惨なものですね。話をされた方も思い出したくないようです。
渡辺はま子さんは知っていましたが、この曲は知りませんでした。女性の歌手の方も使命感をもって活動する方が何人もおられたのですね。
たんぽぽ
2009/09/16 18:18
父が渡辺はま子のファンだったようで、懐かしのメロディで流れているのをよく耳にしました。
背景も知らず、「モンテンルパの夜は更けて」や「支那の夜」を子供の頃歌っていました。
辛く、悲しい背景があったのですね。
heart_heart
2009/09/16 20:39
「支〜那のよ〜る〜・・・」懐かしい歌声が聞こえてきそうです〜♪
このドラマは見逃したのですが、まだまだ知らないことがたくさんありそうです・・・。
これからも同じような悲劇が起こらないで欲しいものです・・・。
おばブー
2009/09/16 21:10
コケ魔女 さん
>偉大な事をしているのに爽やか。。素適な女性にまた出会えました。。<
ご本人は命懸けだったことがよく見えたんですよ。
戦時中慰問団に加わって歌ったことが、この戦犯たちに与えたことへの償い・・・
戦犯と言われた人たちの悔しさ、そのことで自分の人生を家族の人生を狂わせられたそのつらさは言葉では言い表せないものがありました。
泣き疲れました。
この本は機会がありました読んで見てください。
ろこ
2009/09/16 22:41
ロボットさん
こんばんは。
「モンテンルパの 夜は更けて」の歌は聴いていて知ってはいても、戦犯としての死刑執行の詳細や渡辺はま子の救出劇は知らない人がほとんどだと思います。
私もでした。
確かに昭和史として語られる戦犯の裁判は東京裁判
敗戦による惨劇はシベリヤ抑留者でしたね。
モンテンルパ刑務所の出来事は聞かされていませんでした。
敗戦による悲劇は本当に多すぎます。知らないことがたくさんあります。
ドラマ化して語り継がれることを願いたいです。
写真はフィリピンです。南の国のお花がとても綺麗でした。
ろこ
2009/09/16 22:46
笑顔さん
昨年12月に放映されたNHKドキュメンタリー番組の「最後の戦犯」が再放送をされたんでしょうか?
そうなんですよね。
見てるこちらもつらく悲しく当人はもっとですよね。
戦争が犯罪者を生み、いやおうなしに犯罪者になってしまうんですものね。やりきれません。
戦争から平和が生まれることはあろうはずがありません。
渡辺はま子さんの勇気は素晴らしいですね。
使命感が感じられました。
>政治家でもない外交官でもない、一人の民衆の正しき行動の力の勝利ですね。<
人の心を動かすことのできるのは・・・・
ろこ
2009/09/16 22:47
しじみさん
こんばんは!
渡辺はま子さんの美しい声は人の心をも動かしたようです。
ごめんなさい。
早とちりでした。
しじみさんはころさん?コロさんでしたか。
よくわかりました。(笑)愛らしいしじみさんなんですね。
そうでしたか。しじみさんにブログで嫌な思いをした経験があるんですね。
今度は長く続けて下さいね。
しじみさんもかわいらしいイメージですね。

モンテンルパ・・・とにかく涙がたくさん出ました。 
ろこ
2009/09/16 22:48
たんぽぽさん
戦争の事は知らない世代の方たちに伝えたい悲惨なお話でした。
あまりの悲惨さに経験者の父も話をしたがりませんでした。
でも最近思うんですよ。
話すことはその時代に生きた人の勤めではないかと。
そうでないと戦争を知らない時代の方に伝えることはできないのですから。
渡辺はま子さんのように歌手でありながら使命感をもって活動する方が何人もおられたんですよね。
ろこ
2009/09/16 22:49
heart_heartさん
お父様が渡辺はま子さんのファンだったんですね。
昔は懐かしのメロディでよく流れていましたものね。
>背景も知らず、「モンテンルパの夜は更けて」や「支那の夜」を子供の頃歌っていました。<
私も同じでした。
これほど辛く、悲しい背景があったことに驚いているんです。
ろこ
2009/09/16 22:51
おばブーさん
「支〜那のよ〜る〜・・・」「モンテンルパの〜〜〜夜は更けて〜〜〜」懐かしい歌声が聞こえて来るような気がしますね。
戦争のことは知らないことばかりです。
ドラマが放映されるたびに驚きが積み重なっていきます。
本当に・・まだまだ知らないことがたくさんありそうですよね。
少なくともこれからの時代に同じような悲劇が起きないことを祈りたいです。
そのためにもドラマ化してほしいですね。
最近は面白おかしく笑えるバラエティー番組ばかりですものね。
ろこ
2009/09/16 22:52
渡辺はま子さんの「モンテンルパの夜は更けて」私もよく歌ったものです、何年か前にもこの様な放送がありました、戦争はあってはならないですね悲しい思い出は絶対に繰り返してはいけないと思います。
渡辺はま子さんや淡屋のり子さんなど昔の歌手の方々は歌の力でどれだけの人に力と勇気を与えられたか・・・素晴らしいことですね。
しもじいさん
2009/09/17 21:58
良いドラマを見てよかったですね。
見逃してしまいましたが、以前それらしき内容のTVを見ました。
歌とその人の生き様が多くの人の力になったのでしょう。
すごいことですね。
フイリピンは息子がよく出張で出かけます。
何時も複雑な気持ちで送り出します。どうか各国の人々が信頼しあえるようになって欲しいものです。


山形ママン
2009/09/18 21:23
「異国の丘」「支那の夜」は子供の頃良く
耳にしました。そして大人になっても何の意味も分からず
素敵な詩と思い懐かしのメロ歌って居た自分が情けないですね。
収容所の話も戦争を知らない自分には関心もなく見過ごして
居ました。こんなにも悲しい思いをされて居たなんて
ドラマも見ていたらきっと涙して居たかも知れません。
再放送があったら見たいですね。

ぶたねこ
2009/09/18 22:34
素晴らしいお話に感動ですね。
ドラマ見過ごしましたが、見たかったです。
歌の持つ力に感動です。
歌って国境がないですね。
織り姫
2009/09/19 20:32
この歌は昔よく歌いました。ヤクマル主演のドラマ見損なったけれどなつかしい
想いで一杯になりました。
目黒のおじいちゃん
2009/09/20 06:14
しもじいさん
遅くなってしまい申し訳ありません。
「モンテンルパの夜は更けて」を歌われていたんですね。
それは懐かしい歌でしょ言うね。
以前にもこの様な放送があったんですね。
戦争はあってはならないです。残るのはつらい悲しい思い出ばかりです。
渡辺はま子さんや淡屋のり子さんなど昔の歌手の方々は歌の力で兵士を有機つけられたんですよね。でもその行為で渡辺はま子さんは苦しむことになるんですから・・・。
ろこ
2009/09/20 18:33
山形ママンさん
遅くなってしまい申し訳ありません。
良いドラマを見ることができました。
最近はこのように戦争を取り上げてドラマ化されることが多くなりました。
とても良いことだと思います。
戦争の体験を語ることができる人は年々少なくなってしまっていますから。

フイリピンには今も複雑な心境の方々がおられるようですね。
旅をしていてもそのことを感じさせる色々なものがあり、日本人としても複雑な思いでした。
ろこ
2009/09/20 18:34
ぶたねこさん
遅くなってしまい申し訳ありません。
「異国の丘」「支那の夜」・・・
子供の頃良く耳にしましたね。影にあるものは何も知らずに私も今を迎えていました。
哀愁のこめられた素敵な詩でありメロディーだと思い
ただただ懐かしのメロディーでした。
日本人のほとんどが、収容所の話も戦争を知らない世代ですよね。
若い人にも見てほしかったんですが、どうだったのでしょうね。
観ていて号泣しそうでした。
ろこ
2009/09/20 18:34
織り姫さん
遅くなってしまい申し訳ありません。
素晴らしいお話でした。父の話を通して戦争の背景を知っているだけに、
感動だけでは済まされないものを感じていました。

歌の持つ力には本当に感動です。
歌には国境がない事を改めて知りました。
ろこ
2009/09/20 18:35
目黒のおじいちゃん
昔歌われた歌だったんですね。父や母もよく歌っていました。
薬師丸さんがとてもよく演じておられましたよ。
私も色々のことを思い出して泣いてしまいました。
ろこ
2009/09/20 18:38
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